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メモリアルプレートの原稿を書きました。 

新潟県から、今日は中型バスで震災復興ツアーの皆様がたくさんいらしてくださいました。あいにくと社長が不在の為、圭子がお話を・・・。新潟も、中越地震を始め自然災害がとても多い土地柄とのことで、皆様熱心にお話を聞いていただきました。

3.11のことをお話しすると、やっぱりいろいろなことが思い出されます。以前にもこのブログで書きましたが、あの大津波の破壊にも負けないで残っていた「株式会社 ささ圭」のプレートを、どのような形でメモリアルプレートとして残すかということを、私たちはずっと考えていました。

新しい工場の正面玄関入り口脇に植栽の部分があり、その中にプレートと、言葉を残すことにしたのです。ちょうど社長の知人に石屋さんがおられまして、特別価格でお願いすることができました。御影石に大切なプレートを埋め込み、その下に以下の文を刻みます。

「海嘯の記 東日本大震災」
石ミニ

何度も何度も書き直し、下手な文章ですが、心を込めて書きました。


「平成二十三年・・・・・・・略
・・・瓦礫を踏み分け、三日後にもどった閖上の町は自然の猛威に破壊し尽され、原形をとどめるものは何一つ無かった。本社工場跡で、倒れた門塀に嵌め込まれていた傷だらけの社名プレートを発見。あたかも「必ず再興してこのプレートを掲げてくれ」との工場の強い意志を思わせるものであった。

悲願の新工場建設にあたり、多くの皆様に対する限りない感謝の気持ちと、今後いかなるときにも決して希望を捨てることなく伝統を継承して行く決意、そして大震災への警鐘をこめて此処にしるす。」


この部分は読み返すたびに、涙が出てきてしまいます。
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4 Comments

いすゞ  

復興への道しるべ

こんにちは。
いよいよですね。
今までの辛い思いが、ここに報われることを願っています。
社標プレートの発見は、おかみの言う通り、必ず復興を望むメッセージなんですね。
もしプレートに「思い」があるとしたならば、ささ圭さん皆さんの粘り強い熱意と努力によって、この「思い」は果たされることになるでしょう。
決して負けなかった皆さんを讃え、プレートはキラリと輝いていると思います。

震災を後世に伝える貴重な記録ですね。

2012/07/26 (Thu) 09:08 | REPLY |   

ささ圭の圭子  

Re: 復興への道しるべ

いすゞ様

暑い暑い一日が終わりました。
夏バテなどしておられませんでしょうか。
いつも有難うございます。

先日、会長夫妻に文を読んであげました。
この部分は「やっぱり涙がでるなぁ~」と二人で、涙を拭っていました。
「物も生きていて意志がある」ことを、今回の被災を体験して私たちは感じています。

多くの皆様に支えていただき、ここまで来れました。
いつまでも初心や原点を忘れずに、これからも歩み続けてまいります。
これからも見守っていてくださいね!

おかみ圭子


2012/07/26 (Thu) 21:08 | REPLY |   

杉井和子  

元京女能楽部観世会

旧姓橋本です。佐々木さんご夫婦には大学時代、お世話になりました。私もずっと市川でケアマネの仕事にどっぷりつかっていまして、この地で骨をうずめるつもりです。昨年から松戸の利用者さん宅が放射能騒ぎ、京都の兄弟からは停電になるなら原子力がいいと言われ、けんかになりそうになりました。ただ、私たちも皆様の辛さを解ってないと思っています。でも工場1
周年おめでとうございます。わが利用者全員感心しています。でも無理をしないで燃え尽きないで下さい。

2012/07/27 (Fri) 20:41 | EDIT | REPLY |   

ささ圭の圭子  

Re: 懐かしいですね~

杉井 和子様

おはようございます。
なんと懐かしいことでしょう、卒業以来30数年ぶりですね~。

お元気そうで、何よりです。
あたたかいコメント、有難うございます。

ケアマネージャーをなさっていらっしゃるのですね。
大変なお仕事と聞いていますが、充実した日々をお過ごしのご様子が伝わってまいります。

私共も3.11以来、いろいろなことがありました。何とか少しづつではありますが進んでいます。
学連のつながりで、皆様に支えていただき感謝しています。

今後ともよろしくお願いいたします。
暑き折、どうかご自愛くださいますように。

                          おかみ圭子

2012/07/28 (Sat) 09:49 | REPLY |   

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