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送り火で送ります。

2013.08.16(16:07) 640

今日は送り火、ご先祖様や亡くなられた方の御霊が、またあの世に帰られる大切な日ですね。京都では五山の送り火(東山如意ケ嶽の大文字が代表的)が、あまりにも有名ですね~。

この時期、学生時代は夏休み中ということで徳島に必ず帰省し、五山の送り火を見ることも無かったのですが、ただ一回だけ観る機会にめぐまれました。

まさに京都の夏の夜の風物詩、夜空に浮かぶ「大」の文字の幻想的な雰囲気に、しばし見とれていたことを思い出します。


それは、4回生の夏休み。能楽部の秋の発表会でお能に出る為の猛特訓を恩師の青木祥二郎先生からいただいており、うだるように暑い暑い京都で過ごしておりました。思い出しますと冷蔵庫もないアパートで、扇風機だけでどのように生きていたのか・・・・今でも不思議です。この時代、これが普通の大学生でした。

冷房完備、家電は一通り揃っているのがが当たり前のような今どきの学生さんからしたら、考えられないことでしょうね~。

大学生といえば、数日前、三代目の友達が東京から数人で宮城にきてくれました。一晩だけ彼らと一緒に呑むという嬉しい機会が!!
堯友人
なかなか息子の同級生の皆さんと呑みながらお話をするというチャンスはありませんので、父も母も三代目のいろいろな面を別な方向から見るということもできました。素敵な友達に恵まれ、三代目は幸せやなぁ~と、母圭子は感激。

大学生活最後の夏休み、被災地を自分の目で確かめ、肌で感じ取り、若い感性の彼らは「本当にかけがえの無いいい思い出になりました」と口々に言って帰京しました。こちらこそ、親として最高に嬉しい幸せなひとときを過ごさせていただきました。


今日までお盆中ということもあり、3.11で亡くなられた友人夫妻のご子息が、先程、工場を訪ねてくださいました。関東からお墓参りのためにいらしたとのこと、しばしご両親様との昔話になりました。

震災の2年ほど前、日帰りで米沢に皆でいきました折、手術後の足の悪い奥様の車椅子をかいがいしく押されていたご主人、それはそれは仲睦まじく、他の奥様方からうらやましがられたものでした。

議員さんだったので、もし生きていらしたら閖上の復興に尽力されていたはず。ご子息も「多分、自分の人生を賭けて復興に奔走していたと思います」と話され、まだまだ見えない閖上の行く末を心配されておりました。

社長や圭子の亡くなった友人の子どもさんに会う機会が、最近多くなったような気がします。モチロン私たちが歳を重ねてきてるためということもありますが・・・・。

私たちが子どもさんに昔話をお話すると、殆どはそのことを初めて聞きました。父(母)のそんな面があるなんて知らなかった。・・・・と、喜んでくれます。胸にしまった亡くなった方の思い出を少し話すことで、きっと故人も喜んでくれているのでは?・・・と、思う圭子なのです。




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笹かまぼこの「ささ圭」より


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コメント
こんばんは、おかみ。
お盆休み返上で、みなさんお疲れさまです。

先日、埼玉に居る親を連れ出して、日和山を訪ねました。 訪れる人が増え、仮店舗が建てられる一方、やはり津波に襲われた状況は変わりありませんでした。 復興って何だろう? この地域はどうなってしまうのだろう? 複雑な思いで慰霊碑に手を合わせました。 たくさんの犠牲者の思いを街づくりに生かして欲しいです。
しばらくおかみとは、お会いできていませんが、ブログではお元気の様子。 暑い毎日ですが、お体に気を付けて、頑張ってくださいね!!
【2013/08/18 20:31】 | いすゞ #- | [edit]
いすゞ様


お久しぶりです~
いつも有難うございます。
残暑の毎日、お変わりございませんか。ご両親様とご一緒に閖上日和山を訪ねてくださったとのこと、有難うございます。
いすゞ様、日和山のあたりは変わりましたね。私たち閖上の住民でさえも、いろいろな変化についていけない・・・のです。複雑なこの思い・・・・。

また是非お立ち寄りくださいますようお待ちしています。

暑さもまだまだ続くようです。どうかお身体ご自愛くださいますように。
                               おかみ圭子
【2013/08/20 16:01】 | ささ圭の圭子 #- | [edit]
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